悲しみの体験

在宅診療をしていてつくづく感じていること。医療者と患者さんのご家族の間には、「容易には埋めがたい溝」が存在する。

例えば初診の日。「もしも、ご体調が悪くなったら、どういう風にして欲しいですか?」とお聞きすると、「悪くなってから考えます」「ケースバイケースなので、今はわかりません」と言われるご家族は…多い。その答えは果たして、心身を病んでいる患者さん本人にとって、幸せをもたらすのだろうか?考えることから、逃げてしまっているのでは、ないだろうか?あなたは、家族に「いざその時」がきたら、本当に、パニックにならず、ご本人の気持ちを考えて、判断をしてあげられますか?

一番の理由は、「経験数の違い」かもしれないと思う。現代は「老いと死を遠ざけた社会」。医療者は何百人、何千人もの老年期、終末期の患者さんをみてきた経験がある。そこで患者さんの様々な悲しみ、辛さ、嘆きのただなかで、共に感じ、苦しみ、次回こそは、この悲しみを伝えなければいけないと思う。しかし、実体験をしていない方に、近親者が永遠にいなくなってしまうという、あるいは人生の最後に辛い経験をさせてしまったという、この特異な「悲しみの経験」を伝えることはとても難しく、言葉はしばしば上滑りしてしまう。。
人の数だけ、色々な老年期、終末期の形がある。そのことを、あまり詳しくない方にも広く伝えたいと思い、エピソード集という形で、思いを込めて、本を書いた。

・・・もう2年半前のことです。無名医師の辛いところ、あまり読まれていないために、日々近くでも同じようなことが起きていて、胸が痛みます。
是非一度、手にとって頂けたら嬉しいです。

米田 浩基著『在宅医の告白』(幻冬舎MC)

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神奈川県藤沢市で「藤沢在宅クリニック」を開いています。 患者さんのお宅や施設に訪問して診療する、在宅医です。 YouTubeで健康チャンネルを不定期配信しています。 「在宅医が語る!健康チャンネル」 https://www.youtube.com/channel/UC9YxLfSunPnVClEMW04Jeuw ☆著作「在宅医の告白~多死社会のリアル~」(2018.2.26 幻冬舎MC)